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KOBE*HEART〜大塚まさじ
写真家北畠健三さんとの出会いから「KOBE*HEART」は始まった。

最初の出会いは1973年の東京で、ザ・ディランⅡの二枚目のアルバム「second」のジャケット写真の撮影からだったが、その後はお互いに長くすれ違ったままでいた。

再会は神戸。ぼくが「一人旅」をはじめた1985年あたり、北畠さんも三宮近くの古い石造りのビルの一室で、同業の仲間たちと「KAMI倶楽部」という事務所をやり始めた頃だったと思う。そのビルの一室が空いていて、彼はそこで友部正人のコンサートを催し、ぼくのもやろうということになり、86年の4月に「SOLO」というタイトルでコンサートをし、また付き合いがはじまった。以来、ぼくは神戸にどっぷりとはまり、時間が出来れば神戸にいるという生活になっていった。 そんな再会で、「神戸で、他にはない面白いコンサートをやろう」と盛り上がり、87年からはじめたのが「KOBE*HEART」である。スタッフはすべて神戸の人たちで、何もかもが手作りのコンサートであった。他にも70軒以上のお店の協力などがあり、情宣並びに資金面でも大いに助けていただいた。

記念すべき一回目は1987年4月、チャイニーズレストランのTAOで、今は亡きゾウさん(西岡恭蔵)とのジョイントコンサートだったが、同時に北畠さんの写真展も開催された。しかし、この時はまだ「KOBE*HEART」という名前はついていなかった。そしてその年の秋に加川良と村上律を迎え、初めて「KOBE*HEART」というタイトルがつけられた。そのロゴと、手描きポスターやチラシなどのデザインと絵で、沢田としきもスタッフとして参加するようになった。 以後、芦屋のCAFEや、フィッシュダンスホールなどで、90年の11月までに計7回の「KOBE*HEART」が開催されることとなった。 そのゲストには、須山公美子、田川律、北京一、中川イサト、GONTITI、嘉門達夫、憂歌団、石田雄一、 大野えり、ウィーピングハープ妹尾、屋上のバンドなどが出てくれ、他にも俳優の綾田俊樹や、沢田としきの個展などと、毎回多彩で豊かな催しとなっていた。その間に、ゾウさんとの共作「街唄」や「KOBE*HEART」など、神戸をテーマにした唄たちも生まれ、北畠さんの協力で「屋上のバンド」のアルバムまで作られたのである。その後も神戸にはよく歌いにも行ったし、プライベートに遊びに行くことも多く、付き合いはずっとつづいていた。

そして、あの阪神・淡路大震災である。ぼくはその時金沢にいて、震度3強の突然の揺れに起こされ、そのあとのテレビで惨状を知ることとなる。東京に帰り、ゾウさんたちと相談して早速下北沢のラ・カーニャで「KOBE*HEART 1995」の名でチャリティーコンサートをした。その収益金を北畠さんたちに送りたいと伝えると、「お金よりみんなの歌が聴きたい」と言われ、あの混乱の中、何とか残っていた新開地の新劇ゴールドというストリップ劇場を好意で借してもらい、「KOBE*HEART 1995」を6日間の長期にわたり開催していただいたのだ。それに賛同し出演してくれたミュージシャンは東京からだけではなく、地元からもたくさん参加してくれた。河内家菊水丸、石田雄一、後藤ゆうぞう、テント、DIZHEM、メトロファルス、天野SHOユニット、青空ブギ、春待ちファミリーバンド、やしのきボーイズ、露の団六、西岡恭蔵、おおたか静流、MORGAN'SBAR、加川良、中川イサト、友部正人、中川五郎、大庭珍太、中村よう、綾田俊樹、沢田としき、という面々で、もちろん入場料は無料のフリーコンサートであった。誰もがたいへんだった時期によくもあれだけのことが出来たものだと、手伝ってくれた皆さんと、参加してくれたお客さんには、今も頭が下がる思いでいっぱいである。

震災からちょうど5年後の2000年1月17日、前回と同じ新劇ゴールドで「KOBE*HEART 2」として蘇り、加川良とぼく、それにMORGAN'SBARの歌たちと一緒に、取り戻しつつある神戸の復興を喜び合った。

それからすぐの4月3日、ゾウさんの突然の死にぼくは奈落の底に落とされてしまった。それは、ちょうど「一輪の花」の録音の最中の出来事であった。その年の9月に「KOBE*HEART 2」のvol.2として、震災で全壊し新しく建った大衆演劇の新開地劇場で桂南光さんをゲストに迎え、「一輪の花」の発表会をバンドでやった。それは同時に、ゾウさんの神戸での追悼でもあった。

次の年の12月、三度目の「KOBE*HEART2」を、長田の仮設パチンコ店の跡を使ったアスタスクェアでぼくと桂南光さんが、高田渡と坂庭省吾、それに秋本節を迎えるというコンサートをした。それが「KOBE*HEART」の最後となり、高田渡さんも坂庭省吾さんも今は天国の人となってしまった。

あれからまた9年が過ぎ、北畠さんからうれしい報告があった。「KOBE*HEART」が、写真展として復活するとのこと。もちろん、ぼくもお客さんとして参加させてもらうのだが、同時にまた「KOBE*HEART」という名でコンサートもしたいという、ぼくの新たな夢も少しづつだが膨らんできた。
2010年1月 大塚まさじ(唄うたい)


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